意識10倍!!🤪
おはようございます。ありさです。 二日ほど、お休みしました。 まぁ、ちょうどあれの週なのであれしてました。 二日間はとにかく寝たのと、近代芸術展に行ってきました!🎨 大前提として、かなり良かったです。いいですか?良かったんです。大前提です。 近代芸術を見て、まず鼻につくのは「これかっこいいでしょ?」「実験的です」「トラウマを芸術化しました」みたいな点ですね。これにお金を払ったと考えるとイライラが止まりませんでした。これは、あくまで私個人の感想ですが、絵画にしろ、写真にしろ、彫刻にしろ、作者の内面の膨張であることは全然賛成さのですが、そこに作為があることが、あまり可愛くない。もちろん、印象派なども作為バリバリでしたが、あれはなんだか可愛げがあるんですよね。超主観です笑 ほら見て見て!!こんな技法を見つけたんだ!すごいでしょ!と、ほら、これ、いいもんでしょ?これがわかる?みたいな差異ですね。もちろん基礎技術あっての結果であり、それ自体、とても素晴らしいんですがキュレーターの犯行か不明ですが、添えてあるくっさい詩であったり、作品だけで十分だろというものに対して重ねて説明するような補足はかえってえぐみを感じます。ボケの説明を受ける感じ。 ということで、最高の休日でした。皮肉とかではなく、本当に良かったんです。めっちゃイライラした=感動=感情を動かされたわけで、それ自体、何も感じない芸術より1億倍素晴らしい。もし、それが彼らの計画性の中の一つなら、私はまんまとハマったことになる。つまり、感動した時点で良い作品たちであったことは間違いない。ずいぶん懇意的であるかの評価ですが、不快感であったとしても記憶に残したもん勝ちです。なので、とても素晴らしかった。 なので意識高い私は、まんまと美術館ショップで不快感を持った絵画のポストカードやしおりなどなど買い漁り、コラボカフェまで楽しみ最高の休日でした笑 今日の駄文は駄文を書こうとして書きました。 ただの石がある。 石はここにずっとあった。 石は何も見えないし、何も聞こえない。何も考えない。 でも、石には傷が一本入っている。 たぶん、何百年も前に誰かがつけた傷だった。 だから石は覚えることはできた。 女は待っていた。 石はただそこにあった。 女は石を拾って石に投げた。 何個も何個も投げて、そのうち一つが石に傷をつけた。 やがて女は石を投げるのをやめた。 いくら石を投げても、返っては来ないからだ。 石は覚えている。 女が誰かを愛していたことを。



千葉住みで、大雨で、昨日仕事帰り大変やった!てか写真のカニは、沢蟹やん?食べれないやろ?可哀想だから、食べちゃ駄目だよ?
これ、、、サワガニなの、、、、?いつ撮ったか覚えてない写真です笑 でも、確か唐揚げで食えるような、、、?