おはようございます。限界OLありさです。
おかげさまで日々毎日楽しく働かせて頂いております。充実感と言いますか、配信業も仕事として「割り切らず」に行っています。割り切らず、と言ったのは、実際問題、何もかも人生の一つであり、また割り切る、というのは一種の諦めのようにも聞こえてしまうんです。個人的に。
諦めること、割り切ることも大切だと思います。でも、割り切る、と考えて行うようなネガティブな仕事ではないんです。仕事で嫌なことなんていくらでもあって、不幸があるから幸せという言語を作れたわけで。だって、比較する状態がなければ、幸せも発生できないんですよね。だから、辛いことも幸せの一部なんですよ、知らんけど。
あと、割り切る、と言葉を使うと、まるでそこに関わってくださる人間関係まで割り切ってしまう気がするんです。確かに自分の内面に他者を入場させ続けてしまうのは重いかもしれません。でも1か0かではなく、いくらでもグラデーションがあって、たんてきに言えば、これは嫌。これは好き。とちゃんと個別選択をしていいと思うし、私はある意味、今、個別選択していただいた結果なんですよね。それが数字に見えてくるとまぁメキメキとやる気が出ますね笑
なんというか、ありさのもっとうは決めつけないことです。たんに需要と供給の話だけではなく、こんな商品があったらいいな。たまにはこんな商品がほしいな。私だって日々思います。だから、誰かがやってることは誰かに任せて、誰かがきっと欲しいものを作るやつがいてもいいのかなって思うし、みんながみんな好きなものが一緒だと無自覚に決めつけて無自覚に背景化しないように生きてます。
あぁ、でも、私もある意味決めつけてるかも。たまには違うものを食べたい。たまには仕事を離れて旅行に行きたい。たまには普段と違う自分でいたい。そういう部分が誰にでもあるって。🥘✈️🦸♂️
でも、そういうものって、安くないですよね。だから、せめてなんか違くて、なんか遠くに行って、なんか違う自分を出してもいいような。そんな場所を作れたらなと思ってます。
今日の駄文は、ありさの中でも中々の駄文です。人生の箸休めにどうぞ
森の売人
みーんみんみんみー、みーんみんみー。
どこかに逃げたい? おすすめは森だ。森は虫がいて、泥がついて、熊が出る。
でも、おすすめだ。
都会にも色々いるだろ?虫みたいなものも泥みたいなものも 熊みたいなものもいる。
だったら、どうだ?本物は。
本物の土、風、日陰、匂い。こいつが森には待っている。
森のいいところは、汗をかくことだ。汗ってのは、体の余計なもんを出してくれる。そこへいくと、森ってやつを歩き回ると、大事なものを中に入れて毒を置いていけるって寸法さ。な、単純で最高だろ?
おいおい、待てって。最後まで話を聞けって。
いいかい?人間いろんな欲ってやつがあるだろう?欲に苦しめられることもあるだろーが、欲ってやつがなきゃぁ人間ってのは、何のために生きてるかわかんなくなっちまうもんさ。だからよ、欲望ってのは人間の看板みたいなもんさ。矢印に従って生きりゃいい。
だからよ。こいつは合法なのさ。いっぱい吸って吐いていいんだ。かかるのはせいぜい交通費くらいなもんさ。な、一回でいいから試してみろって。な?
みーんみんみんみー、みーんみんみー。
みーんみんみんみー、みーんみんみー。
どこかに逃げたい? おすすめは森だ。森は虫がいて、泥がついて、熊が出る。
でも、おすすめだ。
いくつかの世界で生きているって考えはどうですか?得した気分になりません?持論で極論ですが。
ありさは人生、常に得しっぱなしです。たぶん徳を消費してます。
人は各環境下で役割を使い分けていると言いますので、割り切らずにいられるという事は、ありさと言うキャラはあなたにとって演じやすいのかもしれませんね。それでも疲れた時は飯食って寝ましょう。
この世に生まれてきた以上何らかの役割を背負っている値打ちがあるはずですよありさちゃんも世の中に貢献しているのですよ 森は人々を更生しているみたいですね 吐いては吸って
お疲れ様です。最近は夏バテに防止に肉や鰻を食べまくってます。すごくタイムリーでペルソナについては最近考えてました。日常の演じていない自分とは演じていない自分を演じているのでは?と笑